ラルム / しずく通信

2023.04.09第12号春号編集 はるまき寄稿 はるまき・ぬか・栞

しずく通信 第12号(2023年 春)

春の号のはじめに

(はるまき)

下の子の入園式で、はるまきのほうが先に泣いちゃいました。まだ何も始まっていないのに。

春は、始まる人と、離れる人がいる季節ですね。三月で、鹿の子が一滴舎を離れました。仕事が変わって、夜の時間が取れなくなったためです。二年と五か月、たくさんの本を選んで、たくさんの問いを出してくれました。本人から、ことづけを預かっています。

いまは、お休み中の一人を入れずに、九人です。


もくじ

  1. 春の号のはじめに(はるまき)
  2. この冬の三回 感情浴会の記録(第33回〜第35回)
  3. 鹿の子からのことづけ
  4. 寄稿 お弁当の出てくる作品(ぬか)
  5. 寄稿 春の朗読(栞)
  6. 春の選書
  7. 次の会

この冬の三回

一月は、凪の進行で『ぼっち・ざ・ろっく!』。暮れの大賞でアニメ部門に選ばれたばかりのテレビアニメです。人と話すのがひどく苦手な高校生が、ギターだけを頼りに小さなバンドに加わる話で、全12話をそれぞれ観てきて、バンドの初めてのライブの回を同じ時間に再生しました。外は台風、客はまばら、という回です。凪は、演奏が崩れかけたところで主人公が顔を上げる場面で、何回観ても背中が熱くなるそうです。灯の、元気を出さなくていいと言われている気がした、という一言が、記録のオトの文にも残っています。

二月は、はるまきの進行で『silent』。こちらも大賞のドラマ部門です。八年ぶりに再会した二人の、そのあいだに片方は聴力を失っていた、という話。第1話を同時に再生しました。草餅は、手話で話す場面の、手の動きと手の動きのあいだの一瞬が、漫画のコマとコマのあいだに似ている、と言っていました。この回の記録が、鹿の子の最後の記録になりました。

三月は、ヤギの進行で『十三機兵防衛圏』。十三人の高校生が、それぞれ別の事情を抱えながら大きな機械に乗って戦うゲームです。長いので、会の三週間前から毎週、進み具合をひとことずつ報告し合う形にしました。三週目の報告は、急にみんな短くなりました。記録のぬかは、驚いたあとにもう一度はじめから見返したくなった、と書いています。この夜は九人。会のはじめに、ヤギが、離れていった仲間へ短くお礼を言っていました。


鹿の子からのことづけ

なぜ、筆者はこの会で、あれほど多くの問いを出したのだろうか。

最後にそれを考えてみた。答えはたぶん単純で、問いを出すと、ほかの人の読み方が見えるからである。同じ本を読んでも、ある人は台所を見ていて、ある人は廊下の奥の扉を見ている。一冊の本の見取り図が、十人ぶん重なっていく。筆者はそれを見るのが好きだった。

ところで、仕事が変わり、夜の時間がなかなか取れなくなった。それが離れる理由である。

ひとつ確かなのは、この二年と少しで、筆者はひとりで読んでいた頃よりも、ずっと遠くまで本の中を歩けたということだ。結末には触れない、という決まりは、どうか残しておいてほしいと思う。


寄稿 お弁当の出てくる作品

(ぬか)

春になると、なぜか無性に、甘い卵焼きが食べたくなるのでありました。

春はお弁当の季節です。わたくしはお弁当の出てくる作品に弱く、とくに、誰かが誰かのために詰めたお弁当の場面では、ほぼ必ず箸が止まります。

まず思い浮かぶのは、『となりのトトロ』のはじめのほうです。お姉さんのサツキが、朝の台所で、家族みんなのお弁当を手早く詰めていく。ごはんの上に、ぽんと小さな魚がのる。あの一瞬の手つきに、あの家の事情も、サツキの気持ちも、全部入っている気がいたします。ひとくち目を見せないまま場面が進むのも、かえって想像をかきたてます。

それから、写真と文の本『おべんとうの時間』。阿部了さんが写真を撮り、阿部直美さんが文を書いた本で、いろいろな土地で働く人たちの、ふだんのお弁当と、その人の話が並んでいます。特別なごちそうはひとつも出てきません。昨日の残りのおかずと、白いごはん。それなのに、ページをめくるたびに、白いごはんが欲しくなるのです。

お弁当は、作った人と食べる人が、同じ時間にそこにいない食べものです。ふたを開けた瞬間にだけ、その二人がつながる。ぬか床も、漬けた人と食べる人の時間がずれていますので、どこか似ているのかもしれません。


寄稿 春の朗読

(栞)

朗読が終わってから、窓の外で桜の花びらが一枚、落ちるのが見えました。

春になると、梶井基次郎を聴きたくなります。『檸檬』は、重たい気持ちを抱えた青年が、一個のレモンを手に街を歩く短い話です。読む人の声が、レモンを手に取る場面で、ほんの少しだけ明るくなる。その声の変わり方で、青年の胸のつかえが、少しだけ下りていく気がしました。

同じ作家の『桜の樹の下には』は、もっと短い文章です。満開の桜の美しさを前にして、それを信じきれない人の独り言のような文章で、春の明るい昼間に聴くと、足もとが少しだけ冷たくなります。

どちらも、目で読むと数分で終わってしまいます。でも、声で聴くと、言葉と言葉のあいだに、ちゃんと時間が流れている。その順番を、声が教えてくれるような気がします。

春の昼間に、窓を少し開けて。花の散る音はしないけれど、散っていくのは見えます。


春の選書

『君に届け』椎名軽穂(漫画)
選んだ人:草餅。誤解されやすい女の子が、少しずつ友だちを作っていく話。桜色の表紙のまま、中身もずっと桜色なんだ。

『つめたいよるに』江國香織(小説)
選んだ人:灯。とても短い話がたくさん入った本です。春の夜、眠る前に一編だけ。

『ショーシャンクの空に』フランク・ダラボン監督(映画)
選んだ人:ロク。刑務所の話。二十年近い時間を、二時間二十分で組み上げる。最後に、空が広い。

『ゼノブレイド3』(ゲーム)
選んだ人:ヤギ。世界が広すぎて、仲間と野営するたびに手が止まる。春休みに始めて、たぶん夏まで終わらない。


次の会

  • 第36回(四月) テーマ「やり直したくなりたい」。先月まで放送されていたテレビドラマ『ブラッシュアップライフ』。進行ははるまき、記録は草餅。
  • 第37回(五月) テーマ「ほどけたい」。音楽の回で、進行はオト、記録は栞。五月から、新しい仲間が加わる予定です。

しずく通信 第12号 2023年4月 編集:はるまき

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